こんにちは、ADHDの娘を育てる母うめです。
娘は、3歳児健診で多動の指摘を受けました。
その頃の私は、娘が発達障がいだなんて全く思っていませんでした。
「手はかかるけど、子どもなんてみんなこんな感じだろうな」なんてぼけーっと過ごしていました。
ですが、今振り返ると「あの時のあの行動は特性のせいだったのか…」と伏線回収しまくっております。
お子さんの発達について不安を抱えているパパ、ママは多くいらっしゃると思います。
「発達について不安があるけれどどこに相談したらいいのか」「受診にはどんな流れでつながるのか」「受診後すぐに診断されるのか」わからないことだらけですよね。
私も全く同じでした。
このブログでは、実際に娘が療育につながるまでの相談先や流れ、母である私の揺れ動く気持ちなどを振り返りながらまとめています。
今回は、病院で意見書をもらってから、療育につながるまでについて振り返っています。
- お子さんの発達に不安があり、相談や受診の流れを知りたい方
- 療育につながるまでの実際の経験談を知りたい方
- 受診から療育につながるまでの実際を知りたい方
結論から言うと、相談先についてはお住まいの市区町村に相談窓口がありますので、そこに相談することが入り口になります。
療育までのおおまかな流れとして、娘の場合は、「3歳児健診での指摘」→「受診の予約」→「相談窓口に相談」→「受診・検査・意見書をもらう」→「障がい者支援センターへの相談の移行」→「市役所へ受給者証の申請」→「療育の事業所の決定」→「療育開始」という流れでした。
その1娘に感じた違和感と受診のきっかけとなった3歳児健診についてはこちら↓
その2受診予約から診察、検査、結果などの受診の実際についてはこちら↓
意見書をもらうための受診
相談員さんからの提案を受けて、病院に電話で療育を受けたいので再度受診をしたいことを伝え、受診の予約を取りました。
初診とは違い、この時は3週間後に予約を取ることができました。
診察室で主治医に、相談員さんから療育を受けることを勧められたこと、療育を受けるための意見書が欲しいことを伝えました。
この時の先生は、ややご機嫌ななめな様子で「何でもかんでも発達障がいにするのはどうかと思いますけどね…」とブツブツ言っていましたが、意見書は書いてくれるとのことでした。
先生としては療育まで必要ないという判断だったので、それを覆されて嫌な気持ちになったのかもしれませんし、個人的に嫌なことがあったり、たまたま虫のいどころが悪かったのかもしれませんが、この時は少し嫌味のある感じでした。
伝え方って難しいなとは思いつつ、先生の機嫌よりも娘のことの方が何億倍も大事なので、ここは華麗にスルーしました。
意見書は、後日受け取りなのかと思っていましたが、その日のうちに会計で受け取ることができました。

病院は再診であれば、受診が簡単に取れたのは良かったです。
意見書を書いてもらうことについては、先生的にはいい気分ではなかったかもしれませんが、娘の今後のために必要なことなので、なるべく穏便にスルーさせてもらいました。
関係者が増えるほどこういうことは多くなると思いますが、なるべく穏便に華麗にスルーが良いと思います。
市役所での受給者証の申請
発達相談室に意見書をもらえたことを連絡すると、意見書を持って市役所の福祉課で受給者証の申請をするように言われました。
受給者証とは、市が発行する福祉サービスを少ない自己負担で受けられるための許可証のようなものです。
後日、市役所に意見書を持って受給者証の申請に行きました。
受付で面談があり、現在の娘の状況について困っていることなどを中心にお話しし、その後生活面、情緒面、行動面、コミュニケーションなど項目ごとに聞き取りがありました。
今後は、障がい者支援センターでの担当が決定し、そこで療育の事業所との調整やサービスの計画などを作成してもらえるとのことでした。
事業所は市役所が選定し、決定し次第連絡をくれるとのことでした。
聞き取りは1時間ほどで終了しました。
申請後、1ヶ月ほどで受給者証が自宅に郵便で届きました。
市役所からも担当となる事業所について連絡があり、後日事業所から連絡がありました。
障がい者支援センターへの相談
障がい者支援センターの担当の方から連絡があり、後日面談をして療育の計画を立てることになりました。
パパと娘と3人で事業所に伺い、担当者の方に現在の困りごとなどをお話ししました。
今後は療育で、集中力がつき落ち着いて過ごす時間が増えるといいと思っていることなども伝えました。
すでに市役所や発達相談室から状況共有をしてもらっていたので、とてもスムーズに面談は終わりました。
療育については、市内の事業所は空きがないことから、市外の事業所を案内されました。
担当の方が調整をしてくださり、利用予定の事業所に見学に行くことになりました。

「障がい者支援センター」というネーミングにドキッとしました。
うちの娘は「障がい者」になるのかなと。
面談の場所は、障がいのある方の通所型の施設もあり、「娘もこういうところに通うようになるのかな」「障がい者雇用枠で一般企業に勤めたりできるのだろうか」「なんとか一人で稼げるように」など、遠い将来のことを考えて少し不安になりました。
まだ年少さんなのに…。
事業所の見学
療育の事業所は、こぢんまりとした一戸建ての施設で、木の温もりが感じられる素敵な室内でした。
部屋には物がほとんどなく、ついたてで仕切られている部屋と個室に分かれていました。
その事業所は、前半30分であいさつ、クイズ、簡単な工作など個人指導で机上で勉強に取り組み、後半はお楽しみでゲームやおもちゃで遊び、後半の時間で子どもの様子を親に共有するという内容でした。
先生方も優しく、娘も事業所がすぐに気に入りました。
少し距離がある立地ではありましたが、その事業所に療育をお願いすることにしました。
その後は、事業所と契約を結び、個別指導計画を作成してもらい、療育が開始となりました。
3歳児健診で多動を指摘されてから療育開始まで、約1年かかったことになりますが、これはかなりスムーズな方だと思います。

この頃療育についての知識が全くなく、事業所によってどんな特色があるのかなどもよくわからなかったので、あまり深く考えず事業所を決定してしまいました。
結果的にとても良い事業所ではあったのですが、もう少し情報を集めておけばよかったなと思います。
まとめ
3歳児健診から療育につながるまでについて、振り返りながらまとめたのですが、やはり連絡調整などが多く、大変だったことを思い出しました。
仕事をしながら、受診の予約を取ったり、面談の日程の調整をしたり、必要であれば夫の仕事の調整をお願いしたり、伝えるべきことを整理したり…。
しかも、娘の特性について十分に理解し受容できていない中、行き先もよくわかっていないけどとりあえず特急に飛び乗ったような状態でした。
この時は無我夢中だったのですが、なんかこの時の自分は結構頑張ったんじゃないかと思います。
私が感じたことは、わからなければ、専門の方にお願いしたりお任せするのも一つの選択だなということです。
私は本当に無知だったので、支援者の方に言われるがまま動いていたのですが、信頼できる方であれば、とりあえずそれでもいいのかなと思いました。
後から色々調べて計画を変更してもらうことはできると思うのですが、まずは動き出さないと療育の開始がどんどん遅くなってしまうと思うので。
私のように何もわからない母でも、なんとか療育につながることができたのは支援者の皆様のおかげだと思います。
「わからないことだらけで不安で、動くことができない」と思っている方もいるかもしれません。
ですが、私のようにとりあえず動き出してみることで、支えてくれる人が増え、お子さんを取り巻く状況が良い方に変化するかもしれません。
ぜひ、一歩踏み出して欲しいと思います。




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